経営者ファースト
定義
会社の人事制度を、経営者およびその一族の利益の最大化と、資産の防衛を目的として設計する考え方です。従業員の幸福も、社会への貢献も、顧客の満足も、目的ではなく、利益を生み出すための手段として位置づけます。
経営者の言葉での説明
この言葉は、社員を大切にしない、という意味に聞こえます。実際、そう受け取られることのほうが多いと思います。けれども、この言葉が指しているのは、誰を大事にするかという心構えではありません。会社の目的を、どこに置くかという設計の話です。
会社があるのは、経営者が身銭を投じたからです。そして、社員はいつでも辞められますが、経営者は辞めることが難しい。この非対称は、どれほど良い関係を築いても消えません。雇用する側は、できるだけ少ない費用で多くの成果を得ようとし、雇用される側は、できるだけ少ない労力で多くの給与と安定を得ようとする。両者の利益は、構造として相反しています。
ここを曖昧にしたまま人事制度を作ると、制度は必ず、社員の機嫌を損ねない方向へ傾いていきます。基準は下がり、評価は中央に寄り、給与は既得の水準から動かなくなる。経営者は、自分が譲歩していることに気づかないまま、少しずつ判断の主導権を手放していきます。社員の機嫌を損ねたくないという考えは、その時点で、会社を渡しているのと変わりません。
従業員を大切にする、という言葉には、二つの中身が混ざっています。一つは属人化です。ある社員にしかできない仕事をそのままにしておくことは、優しさのように見えて、その社員を辞められない立場に縛りつける行為でもあります。もう一つは、思いやりの形をした偽善です。本来の善は、会社を大きくして、給与を多く渡すことのほうにあります。
そして、福利厚生に力を入れられるのは、大企業だけです。中小企業は、利益を上げなければ終わります。だからこの制度では、すべての役割の定義に、利益への貢献を必ず書きます。間接の部門であっても、費用の削減や営業の支援という形で、利益に結びつく責任を持ちます。それができない役割は、役割として成り立っていないと判定します。
経営者ファーストとは、経営者が偉いという主張ではありません。利益の責任を負っているのが誰かという事実から、制度を組み直すという意味です。
支える研究と、その限界
経済学には、エージェンシー理論と呼ばれる枠組みがあります。依頼する側と、その代理として働く側との間に生じる利害の不一致を扱うもので、人は他人の金や他人の仕事に対しては、危険を避け、手を抜きやすいとします。この理論は、その傾向を倫理や精神論ではなく、監視と報酬という仕組みの側で解こうとします。
ベンクト・ホルムストロームとポール・ミルグロムは、1991年に、法と経済学の査読誌に一本の論文を発表しました。測りやすい仕事と測りにくい仕事が混ざっているときに、測りやすいほうへ強い報酬を付けると、測りにくいほうが捨てられる、という趣旨です。ここから導かれるのは、動機づけを制御している本当の道具は、報酬の額ではなく、職務の設計のほうだ、という結論です。二人はのちに、それぞれ別の年にノーベル経済学賞を受けています。
この証拠の限界を、二つ書いておきます。一つは、ホルムストロームとミルグロムの論文が理論の模型であって、実際の職場を測ったものではないことです。もう一つは、これと正面から対立する理論が、いまも生きていることです。スチュワードシップ理論と呼ばれるもので、人を、自己の利益よりも組織の使命のために働く執事として捉えます。信頼と権限の委譲によって、自発的な貢献を引き出せるという立場です。どちらが正しいかは、決着していません。当事務所は前者に立って設計していますが、それは学問上の決着ではなく、中小企業の現場で起きていることを見た上での選択です。
超カリスマ人事制度クラウドの、どの画面になっているか
ザ・プログラムの中の、経営理念と、優先順位定義と、行動の2大原則の三つです。経営理念には、経営者の理念だけを書きます。従業員の夢や、従業員の利益の実現は、ここには含めません。優先順位では、利益とコストを、顧客の満足より上に置きます。行動の2大原則は、全員が利益の最大化に貢献することと、全員が会社のマーケティングをすること、の二つです。
完成見本の、どこでご覧になれるか
完成見本を開き、左の欄の、ザ・プログラムから、優先順位定義をお選びください。モデル企業である株式会社神田フードサービスの序列が、そのまま入っています。一番目が人命と安全、二番目が利益とコスト、三番目が顧客の満足です。そして四番目には、上司の機嫌と体面が置かれ、排除対象と書かれています。経営者ファーストという言葉が、現場で何を意味するのかは、この一枚が最も早く伝えます。
超カリスマ
定義
一人の経営者の資質に頼るカリスマ経営を、組織の構造として再現することをいいます。カリスマに必要な五つの働きを、人ではなく、会社の制度そのものに実装します。超という字は、もっとカリスマであるという意味ではなく、一人であることを超える、という意味です。
経営者の言葉での説明
経営者の方と話していると、ときどき、うちは私がカリスマではないので、という言葉に出会います。謙遜として口にされることが多いのですが、その奥には、会社を速く動かしているのは結局のところ自分一人の勘と熱量であり、その資質が足りなければ会社もそこまでだ、という認識があります。
私は、この認識の前半は正しく、後半は誤りだと考えています。
カリスマという言葉を社会科学の概念にしたのは、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーです。ウェーバーは、人が他人の命令に従う根拠を三つに分け、そのうちカリスマによる支配を、最も不安定なものとして描きました。規則にも慣習にも依らず、ある個人が特別だという信念だけに支えられているため、その人が成果を出せなくなった瞬間に、根拠そのものが消えるからです。だからウェーバーは、カリスマが長く続くには、一人の資質が規則や役職や手続きへ形を変える過程を通らなければならない、と論じました。
ここで大事なのは、カリスマ経営者が組織に対して果たしている働きが、人格ではなく機能だということです。何のために戦うのかという目的。どこへ向かうのかという方向。何を良しとするかという基準。どう戦うのかという手段。誰が責任を取るのかという覚悟。この五つを一人の人間が体現しているとき、その人はカリスマと呼ばれます。
資質は分解できませんが、機能は分解できます。そして分解して書けたものは、組織に実装できます。実装されたものは、経営者が現場にいない日にも、その人が代わった日にも、同じように働きます。
このことは、事業承継の場面で最もはっきりします。後継者が一人前になるまで会長として留まり、見守り続ける先代の方は、少なくありません。その方法は、必要な場面に偶然 立ち会えるかどうかに賭けており、しかも判断の根拠が言葉になっていないため、後継者は動きの表面だけを真似ることになります。時刻を告げ続ける限り、その人がいなくなった日に、誰も時刻が分からなくなります。渡すべきものは、時刻ではなく、時計です。
カリスマではない、と仰る経営者の方に足りないのは、資質ではありません。すでにお持ちの判断を、組織の側へ置き直す設計です。
支える研究と、その限界
マックス・ウェーバーの三つの支配とカリスマの日常化は、死後に刊行された経済と社会という著作にあります。刊行は1921年から翌年にかけてです。
その後の経営学は、この見方を一歩進めました。ロバート・ハウスは1977年に、カリスマ的な指導を、内面の資質ではなく、指導者が取る行動と、それに対する部下の反応として記述する理論を示しました。ジェイ・コンガーとラビンドラ・カヌンゴは1987年に、カリスマとは部下が行動を観察して帰属させるものであり、指導者の中に宿っている何かではないと論じています。
ジム・コリンズとジェリー・ポラスは1994年の著作で、長く卓越し続けた企業と、その比較対象の企業とを対にして分析し、偉大な企業に必要なのはカリスマ的な指導者であるという通念を退けました。永続した企業の創業者は、時を告げるのではなく、時計をつくっていた、という言い方で知られています。
資質への依存が実際に業績を落とすことについては、因果を取り出した研究があります。モーテン・ベネッセンらが2007年に経済学の査読誌へ発表したもので、退任する経営者の第一子の性別を手がかりに使い、一族への承継が業績へ与える負の影響を推定しました。資産営業利益率は、交代の前後で少なくとも4ポイント下がっています。
限界を、四つ書いておきます。第一に、ウェーバー、ハウス、コンガーとカヌンゴの仕事は、いずれも理論の枠組みであって、無作為化した試験ではありません。第二に、コリンズとポラスの研究は、長く続いた企業を先に選んでから共通点を探す形を取っており、その選び方そのものが結論を作っているという批判が、発表以来ずっと続いています。第三に、ベネッセンらの研究はデンマークの企業を対象としており、日本の中小企業ではありません。推定の方法も、いくつかの仮定の上に立っています。そして、この結果を、一族による経営が悪い、と読み替えることはできません。問われているのは、所有の形ではなく、選び方が資質に頼っているかどうかです。第四に、カリスマの働きを五つに分ける分け方は、当事務所が制度の土台として定めたものであり、研究が実験で確かめたものではありません。
超カリスマ人事制度クラウドの、どの画面になっているか
五つの働きが、それぞれ別の画面になっています。目的は行動の2大原則、方向は経営理念、基準は役割定義書と評価シート、手段は組織図とノー・エクスキューズ・ポリシー、覚悟は役割別ザ・プログラムです。一つの画面が一つの働きを受け持ち、埋めた項目が、そのまま社員の手元へ届きます。
完成見本の、どこでご覧になれるか
完成見本の左の欄から、ザ・プログラムをお開きください。上半分に思考と判断のルールが五つ、下半分に行動と手順のルールが四つ並んでいます。これは、当事務所が制度の土台として定めた設計の文書に書かれている九つを、一つも足さず、一つも引かずに画面にしたものです。哲学が、そのまま画面の並びになっているところを、そこでご覧になれます。