「どっちを優先すればいいですか」と、いちいち確認してくる部下 — 組織の優先順位を、判断基準として設計する|未来の為の人事制度|山田社会保険労務士事務所
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コラム 未来の為の人事制度

第11回

「どっちを優先すればいいですか」と、いちいち確認してくる部下 — 組織の優先順位を、判断基準として設計する

中小企業の経営者から、よくこういう相談を受けます。

「うちの社員は、ちょっとしたことでも、いちいち私に判断を仰いでくる」。

「私が出張で二、三日いないと、現場の判断が止まってしまう」。

「同じような場面なのに、担当者によって判断がバラバラになる」。

これらは、別々の悩みのように見えて、根は一つです。現場が、自分で判断を下せない。とくに、二つの「正しいこと」がぶつかったときに。

具体的な場面を思い浮かべてください。

長年の取引先から、採算の合わない無理な納期で受けてほしいと頼まれた。受ければ取引関係は守れるが、現場には相当な負担がかかり、利益はほとんど出ない。断れば関係が傷つくかもしれない。さて、受けるか、断るか。

あるいは、顧客から「今日中に対応してほしい」と強く求められた。応えるには、社員に残業を強いることになる。顧客満足を取るか、社員の働きやすさを取るか。

あるいは、コストを削れば品質がわずかに落ちる。品質を守ればコストが膨らむ。どちらを取るか。

これらの場面に共通するのは、どちらの選択肢も「正しい」ことです。顧客も大事、社員も大事、品質も大事、利益も大事。どれも会社にとって正しい価値です。だからこそ、現場は決められません。決められないから、上司に上げる。上司も決められないから、社長に上げる。最終的に、すべての板挟みの判断が、経営者一人のところに集まってきます。

なぜ、こうなるのか。

多くの会社が、「正しいことが二つぶつかったとき、どちらを上に置くか」を、どこにも書いていないからです。

「うちはお客様第一だ」と理念に掲げてあっても、顧客と社員がぶつかった瞬間、その理念は何も教えてくれません。「社員を大切にする会社だ」と言っていても、社員の都合と会社の利益がぶつかったとき、どちらを取るかは書かれていない。だから現場は、自分で判断する根拠を持てず、社長の顔色を見るしかなくなります。

第11回の今回は、この「組織の優先順位」——複数の正しいことが対立したときに何を上位に置くか——を、現場が自分で使える判断基準として記述する設計を扱います。

なぜ「立派な理念」は、対立の場面で役に立たないのか

多くの中小企業の理念には、共通のパターンがあります。

「顧客第一」「社員を大切に」「誠実な経営」「品質へのこだわり」「社会への貢献」——どれも正しく、美しく、誰も反対しません。

しかし、これらの理念が、社員の日々の判断にどう影響しているかを観察すると、ほとんど影響していないことに気づきます。理念は壁に掲げられ、入社式で読み上げられ、朝礼で言及される。けれども、現場の社員が、目の前の判断で迷ったときに、これらの理念を参照することは稀です。

理由ははっきりしています。理念が、対立する選択肢に直面したときに、どちらを選ぶかを示していないからです。

「顧客第一」と「社員を大切に」は、両立する場面では何の問題も起こしません。問題が起きるのは、両者がぶつかる場面です。そして、ぶつかる場面は必ず訪れます。そのとき、「顧客第一」と「社員を大切に」のどちらを取るかを、理念は教えてくれない。

「品質へのこだわり」と「コスト削減」も同じです。両立する場面では問題になりません。しかし、コストを削れば品質が落ちる場面で、どちらを優先するかは、理念には書かれていない。

結局、これらの対立場面で、社員は上司に判断を仰ぎます。上司は経営者の顔色を伺う。経営者はその時々の状況で判断する。理念は、肝心の判断の場面に登場しません。

経営理念が「立派な言葉として存在しているが、判断には使われていない」という状態は、ほぼすべての中小企業に共通します。これは経営者の意識が低いからではなく、理念の記述方法の問題です。対立軸を含まない言葉は、判断基準として機能しないのです。

価値観は、対立軸の中でしか意味を持たない

イスラエルの心理学者シャローム・シュワルツは、1992年に「普遍的価値観理論」を発表しました。世界八十カ国以上で実施された大規模な調査に基づき、人間が重視する価値観を十種類に分類し、それらが円環構造として配置されることを示した研究です。

この理論の中核にある発見は、価値観は単独では意味を持たず、対立軸の中で初めて意味を持つということです。

たとえば、「成長・挑戦」を重視する価値観の対極には、「安定・保守」を重視する価値観があります。両者は両立しません。成長を取れば安定が揺らぎ、安定を取れば成長が抑制される。どちらを上位に置くかが、その人の価値観を規定します。

「個人の達成」を重視する価値観の対極には、「集団の調和」を重視する価値観があります。これも両立しない。個人の達成を最大化すれば集団の調和は犠牲になり、集団の調和を守れば個人の突出は抑えられる。

シュワルツの理論が示すのは、価値観を語ることは、対立する選択肢の中でどちらを上位に置くかを明示することだ、という原理です。

これを組織にあてはめると、機能する優先順位の条件が見えてきます。

機能する組織の優先順位とは、対立する選択肢に直面したときに、どちらを選ぶかを明示しているものです。「顧客と社員のどちらを取るか」「品質とコストのどちらを取るか」「成長と安定のどちらを取るか」——これらの対立軸の中で、自社が一貫してどちらに重みを置くかを記述する。これが、組織の判断基準を構造として記述するということです。

逆に、対立軸を含まない理念は、何も決めていない理念です。「顧客第一」とだけ書かれていても、社員との対立場面でどう判断するかが分からなければ、判断基準にはなりません。

掲げた言葉と、実際に従っている前提のズレ

経営学者のエドガー・シャインは、1985年の著作『組織文化とリーダーシップ』で、組織文化を三層構造として整理しました。

最上層は、目に見える人工物のレベル。行動、服装、オフィスの作りなど。中間層は、標榜される価値観のレベル。社訓・経営理念・行動指針として明文化されているもの。最下層は、基本的前提認識のレベル。組織のメンバーが無意識のうちに共有している、何が正しく何が間違っているかという根本的な感覚です。

シャインの議論で重要なのは、組織文化の本体は最下層にあり、上の二層はその表れに過ぎないという点です。

壁に掲げられている理念(中間層)と、組織が実際に動くときに参照している前提(最下層)が一致していなければ、理念は単なる装飾になります。「顧客第一」と掲げながら、実際の判断では毎回利益を優先しているなら、その会社の本当の優先順位は「利益第一」です。社員は、掲げられた言葉ではなく、実際に通る判断を見て、会社の本音を学んでいきます。

組織の優先順位を設計するとは、掲げる言葉と、実際に従っている前提を、一致させていく作業にほかなりません。

「絶対的優先順位」への翻訳

では、組織の優先順位を、対立軸を含む形で、現場が使える基準にまで落とし込むには、どうすればよいか。

最も効果的な方法の一つは、判断の優先順位を、固定された序列として明示することです。

たとえば、こうです。第一順位は、人命と安全。第二順位は、利益の確保と会社の存続。第三順位は、顧客満足。

この序列が組織で共有されていれば、現場のあらゆる判断は、この序列に従って自動的に決まります。安全と利益がぶつかれば、安全を取る。利益と顧客満足がぶつかれば、利益を取る。冒頭の「無理な納期を受けるか」という場面も、「採算が合わず会社の利益を損なうなら、第二順位を守るために、原則として受けない」と即座に判断できます。

この優先順位は、一見すると冷徹に見えます。「顧客満足が三番目とは、顧客を軽んじているのではないか」と感じる方もいるでしょう。

しかし、よく考えてみてください。

第一順位の「人命と安全」を最上位に置かなければ、組織は重大事故で消滅する可能性に晒されます。これは会社の死です。第二順位の「利益の確保」を顧客満足より上に置かなければ、赤字でも顧客の要望に応え続け、いずれ倒産します。倒産すれば、顧客にも社員にも、かえって大きな迷惑がかかる。第三順位の「顧客満足」は、上位の二つを満たした上で最大化すべき目標であって、上位を犠牲にしてまで達成するものではありません。

この優先順位は、顧客を軽んじているのではなく、「会社の存続と社員の安全を守った上で、顧客に最大の価値を提供する」という、長期的に持続可能な顧客貢献の構造を示しています。

組織の判断基準を、こうした固定された序列として記述すると、冒頭の三つの悩み——いちいち判断を仰いでくる、社長がいないと止まる、担当者によってバラバラになる——が、構造的に解消に向かいます。

過去の判断から、自社の優先順位を逆算する

組織の優先順位を記述する作業は、ゼロから言葉を作り出す作業ではありません。

経営者が長年積み重ねてきた判断の中に、すでに自社の優先順位は存在しています。それを言語化するだけです。

具体的には、こういう作業になります。

過去数年の中で下した重要な判断を、できるだけ多く書き出します。新規取引を受けたか断ったか、誰を採用し誰を見送ったか、トラブル対応で何を立て何を諦めたか。大小を問わず、判断の場面を集めます。

各判断について、なぜその判断を下したのかを言語化します。多くの場合、経営者は理由を即答できません。「なんとなく」「経験から」と答えがちです。そこから一歩踏み込んで、「対立する選択肢の何を犠牲にして、何を優先したのか」を整理していきます。

複数の判断を並べると、共通するパターンが浮かび上がります。経営者が一貫して優先してきたものと、一貫して後回しにしてきたものが、輪郭を持って現れる。

このパターンこそが、その会社の実在の優先順位です。

壁に掲げた標榜上の理念ではなく、組織が実際に動いてきた根拠としての優先順位。これを言葉として記述すれば、現場が使える判断基準になります。経営者にとってこの作業は、新しく何かを作るのではなく、すでに自分の中にあったものを、外に取り出して構造として書き起こす作業です。だからこそ、社員にとっても違和感のない、組織の実態に合った基準が生まれます。

優先順位が固定されると、現場に起きる三つの変化

組織の優先順位を、対立軸を含む固定された序列として言語化すると、現場には三つの変化が起こります。

第一に、判断のばらつきが消えます。社員Aと社員Bが、同じ場面で違う判断を下すことがなくなる。優先順位が固定されているため、誰がやっても論理的に同じ結論に到達します。

第二に、判断の速度が上がります。優先順位が明確であれば、社員は対立場面で迷う時間が消える。「これは安全に関わるから最優先」「これは利益を損なうからこちらは取らない」と、その場で判断できます。

第三に、社長への確認が要らなくなります。判断基準が明文化されていれば、社員は自分で判断できる。経営者は、一つひとつの判断を仰がれるのではなく、判断結果を確認するだけになります。冒頭で挙げた「いちいち聞いてくる」「社長がいないと止まる」という状態から、組織が抜け出していく。

これらの変化は、組織が経営者一人の判断力に依存することなく、安定して動き続けるための基盤です。経営者の天才的な勘に支えられた組織は、その経営者の不在に脆い。しかし、経営者の判断軸が組織の構造として書き出された組織は、経営者がその場にいなくても、同じ判断を続けられます。

連載で扱っていくこと

第11回の今回は、組織の優先順位を、判断基準として記述する設計を扱いました。

二つの「正しいこと」がぶつかったときに何を上位に置くかが決まっていないと、すべての板挟みの判断が経営者一人に集まってくること。対立軸を含まない理念は、肝心の判断の場面で役に立たないこと。シュワルツの普遍的価値観理論が、価値観は対立軸の中でしか意味を持たないと示していること。シャインの組織文化三層モデルが、掲げた言葉と実際に従う前提の一致の重要性を示していること。優先順位は、人命と安全・利益と存続・顧客満足のような固定された序列として記述できること。その序列は、過去の判断のパターンから逆算して言語化できること。そして、優先順位が固定されると、判断のばらつきが消え、判断速度が上がり、現場が自分で判断できるようになること。

これらは、組織を特定の個人の判断力に依存させず、自律的に動かしていくための、土台にあたる設計です。

次回(第12回)は、ここまで十一回かけて見てきた構造原理が、最終的に何を生み出すのかを扱います。仮のタイトルは、「回転が、組織を膨らませる」。判断基準を整え、評価を回し、改善を積み重ねる——その一つひとつのサイクルが回り続けたとき、組織がどのように自ら膨らんでいくのか。連載でこれまで語ってきたすべての構造が指し示す先を、一つの運動として描きます。

人事は、感情ではなく、科学です。

私自身、経営者の判断軸を組織の構造として書き出す設計の最適化に日々向き合っており、思考は今も更新され続けています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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