回転が、組織を膨らませる — 求心力と遠心力が、組織を外へと成長させる|未来の為の人事制度|山田社会保険労務士事務所
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コラム 未来の為の人事制度

第12回

回転が、組織を膨らませる — 求心力と遠心力が、組織を外へと成長させる

AIの導入が進み、現場の一人ひとりが、かつてないほどの処理能力を手にし始めています。調べる、まとめる、たたき台を作る——これまで数時間かかっていた作業が、数分で片づく。個々の社員の「動く速さ」は、確実に上がっています。

ところが、速さが上がった組織が、必ずしも大きく伸びているわけではありません。むしろ、速くなったがゆえに、ばらけ始めた組織を、私はいくつも見てきました。各自が高速で動き、それぞれの判断で走り出し、気づけば全員が別々の方向を向いている。経営者は、加速した現場を束ねきれず、求心力を失っていく。

なぜ、速さは、そのままでは成長にならないのか。

この問いに答えるために、連載の最終回となる今回は、これまで十一回かけて積み上げてきた構造原理が、最終的に何を生み出すのかを描きます。鍵となるのは、「回転」という運動です。

まっすぐ進む力は、放っておけば飛び去る

物理の基本的な事実から始めます。

円を描いて回り続ける物体には、二つの力が働いています。一つは、中心へと引き寄せる力。これを求心力と呼びます。もう一つは、まっすぐ進み続けようとする慣性です。物体は本来、何の力も受けなければ、直線方向へ飛んでいこうとします。回転する物体の内側から眺めると、この慣性は、外へ振り飛ばされようとする力——遠心力——として現れます。

ここで重要なのは、両者の関係です。

求心力がまったく働かなければ、物体は円を描けず、接線方向へまっすぐ飛び去ります。逆に、まっすぐ進もうとする勢いがなければ、物体は中心へ落ち込むだけで、回転は生まれません。中心へ引く力と、外へ向かう勢い。この二つが拮抗したとき、初めて、物体は安定した軌道を描いて回り続けます。

組織も、これと同じ構造を持っています。

中心へ引き寄せる力——求心力にあたるものは、組織が共有する判断の軸です。何を大切にし、何を優先し、何を正しいとするか。この連載で繰り返し扱ってきた、評価の基準、報酬の構造、優先順位の序列。これらはすべて、社員を組織の中心につなぎとめる、求心力の正体です。

外へ向かう勢い——遠心力にあたるものは、社員一人ひとりが自分の判断で動き、持ち場を広げ、新しい領域へ踏み出していこうとする力です。優秀な人材ほど、この外向きの勢いは強い。放っておけば、組織の外へ飛び出していこうとします。

回らない組織の、二つの型

組織がうまく回転していないとき、その不調は、二つの型のどちらかに分類できます。

第一の型は、求心力ばかりが強く、外へ向かう勢いを許していない組織です。

すべての判断が経営者一人に集まり、現場は自分で決められない。社長がいないと止まる。第6回で扱った、属人的指示に縛られた組織です。この組織では、中心へ引く力が強すぎて、社員は中心に張りつき、外へ広がれません。回転半径はゼロに近く、組織はその場で固まったまま、成長しません。経営者は安心して握っているつもりでも、組織は一歩も外へ伸びていないのです。

第二の型は、外へ向かう勢いばかりが強く、中心へ引く力を欠いた組織です。

各自が自由に動く。裁量は大きい。しかし、共有された判断の軸がない。だから、担当者によって判断はばらばらになり、優秀な人材は自分の価値観で走り、やがて組織の外へ飛び去っていく。第3回で扱った、エース社員に経営の主導権を握られる構造も、第11回で扱った、優先順位の定まらないまま現場が迷走する状態も、根は同じです。中心へ引く力が足りず、勢いだけが先行している。接線方向へ、人が飛んでいく組織です。

冒頭で述べた、AIによって速くなったのにばらけていく組織は、この第二の型です。各要素の勢いだけが急に増し、それを束ねる求心力が追いついていない。だから、回転にならずに、飛散していく。

求心力は、強さではなく、設計である

ここで、多くの経営者が誤解する点があります。

求心力を強めるとは、統制を強めることだ、と考えてしまうのです。会議を増やし、報告を求め、承認の段階を増やす。しかし、それは第一の型——中心へ張りつかせ、回転を止める方向——へ組織を追い込むだけです。

求心力の本質は、力の強さではなく、軸の明確さにあります。

組織心理学において長く参照されてきた知見に、経営学者ジェームズ・マーチが1991年に提示した、「探索」と「深化」の議論があります。組織は、既存の強みを深め、効率を高めていく「深化」と、新しい領域へ踏み出し、未知を試す「探索」という、相反する二つの活動の間で、たえず資源を配分しなければならない。深化に偏れば組織は硬直し、探索に偏れば組織は散漫になる。この二つの均衡こそが、組織の存続を決める——マーチはそう論じました。

深化は、中心へ向かう力です。探索は、外へ向かう力です。マーチが三十年以上前に指摘した緊張関係は、まさに求心力と遠心力の拮抗にほかなりません。そして彼の結論は明快でした。どちらかを選ぶのではなく、両者を同時に成り立たせる構造を持つ組織だけが、長く生き残る、と。

両者を同時に成り立たせる。そのために必要なのが、明確な判断の軸です。

軸がはっきりしていれば、社員は外へ向かって自由に動きながらも、中心を見失いません。何を優先するかが共有されていれば、各自がばらばらに走っても、判断は同じ方向に揃う。つまり、強い統制ではなく、明確な軸こそが、勢いを許しながら組織をつなぎとめる、本当の求心力なのです。

政治経済学者エリノア・オストロムは、中央の統制者を持たない共同体が、共有資源を長期にわたって自律的に管理しうることを、世界中の事例から実証し、2009年にノーベル経済学賞を受けました。その鍵は、上からの命令ではなく、構成員に共有された明文のルールにありました。明確に記述された共通の基準があれば、人は中央の指示なしに、それぞれの持ち場で自律的に動きながら、全体としての秩序を保てる。これは、求心力が統制ではなく設計であることの、もう一つの証左です。

半径が広がるとき、組織は外へ膨らむ

求心力が軸として明確に設計され、社員が安心して外へ向かう勢いを持てるようになったとき、組織は初めて、安定して回転を始めます。

そして、回転が安定すると、次のことが起こります。

物理において、回転する物体の各要素が持つ勢いが増していくと、中心へ引く力が保たれている限り、軌道はより大きな半径へと広がっていきます。中心は同じ場所にありながら、回る輪は、外側へと膨らんでいく。

組織におけるこの「半径の拡大」が、成長です。

社員一人ひとりが力をつけ、動く速さを増していく。その勢いが、明確な判断の軸という求心力によってつなぎとめられている限り、組織は中心を保ったまま、活動の範囲を外へ外へと広げていきます。新しい顧客、新しい事業、新しい領域。輪が大きくなるほど、組織が触れる外周は長くなる。これが、組織が外へ向かって膨らんでいく運動です。

ここで決定的なのは、中心が動いていないという点です。経営者の判断の軸、組織が大切にするもの——その中心は、半径が広がっても変わりません。むしろ、中心が一点に定まって揺るがないからこそ、輪は安定して大きくなれる。中心がぶれれば、回転は乱れ、輪は崩れます。

第1回から第11回まで、私が一貫して扱ってきたのは、この「中心」の設計でした。退職の本音を生む人間関係を、構造に置き換える。評価の主観を、基準に置き換える。属人的な判断を、共有された軸に置き換える。暗黙知を、引き継げる形に書き起こす。優先順位を、序列として明示する。これらはすべて、揺るがない中心を作る作業だったのです。

中心が固まって初めて、組織は安心して、外へ向かう勢いを解き放てます。

AIは、軌道上の新しい質量である

最後に、冒頭の問いへ戻ります。

AIによって、各要素の動く速さは増しました。これは、回転の物理においては、軌道上の勢いが増したことを意味します。勢いが増せば、本来、軌道は外へ広がる——つまり、組織は成長へ向かうはずです。

それが成長にならず、飛散になってしまうのは、増した勢いに対して、中心へ引く力が設計されていないからです。速さだけが先行し、軸が追いついていない。だから、人もAIも、それぞれの方向へ飛んでいく。

逆に言えば、明確な判断の軸という求心力さえ設計されていれば、AIがもたらす速さは、そのまま回転半径の拡大——組織の外向きの成長——へと変換されます。AIは、組織という軌道の上に加わった、新しい質量です。それを軌道につなぎとめる中心の力を、人間が設計し、握り続けている限り、AIの勢いは、組織を外へ膨らませる力に変わります。

速さは、それ自体では成長ではありません。速さを、外へ広がる回転に変えるのは、揺るがない中心の設計です。求心力と遠心力。中心へ引く力と、外へ向かう勢い。その拮抗が生む回転こそが、組織を、経営者一人の手の届く範囲を超えて、外へと膨らませていきます。

連載でこれまで語ってきたすべての構造は、この一つの運動のための準備でした。中心を、揺るがぬ軸として設計すること。そうすれば、組織は回り始め、回りながら、外へと成長していきます。

人事は、感情ではなく、科学です。

私自身、経営者の判断軸を組織の構造として書き出す設計の最適化に日々向き合っており、思考は今も更新され続けています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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