「先輩について覚えろ」が機能しない時代 — 属人的OJTから構造化された育成設計へ|未来の為の人事制度|山田社会保険労務士事務所
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コラム 未来の為の人事制度

第9回

「先輩について覚えろ」が機能しない時代 — 属人的OJTから構造化された育成設計へ

中小企業で人材育成について話を聞くと、ほとんどの場合、同じ仕組みが出てきます。

「先輩について、仕事を覚えてもらっている」

新入社員や中途入社者は、現場の経験豊富な社員にアサインされ、その人の仕事を見ながら、聞きながら、手伝いながら、業務を覚えていく。日本の中小企業で広く普及している、いわゆるOJT(On the Job Training)です。

この仕組みは、長年にわたって機能してきました。経験豊富な社員が業務に習熟しており、教える時間と意欲を持っており、教わる側が「先輩のやり方を盗む」ことに前向きであれば、確かに育成は進みます。実際、多くの中小企業はこの方法で、世代を超えて技能と知識を引き継いできました。

しかし、この方法の前提が、いま静かに崩れています。

経験豊富な社員が、教える時間を確保できない。人手不足の中で、自分の業務だけで一日が終わる。教える側のスキルにばらつきがあり、誰について育つかで身につくものが変わる。せっかく時間をかけて育てた社員が数年で辞めると、その先輩は再びゼロから次の人を育てなければならない。そして、教える側が辞めれば、その人の頭の中にあった「やり方」は組織から消える。

経営者は、育成が進まないことを社員の学ぶ姿勢の問題として捉えがちです。「最近の若い人は」「うちの社員はやる気が足りない」と。

しかしこれは、教わる側の意欲の問題ではありません。育成という営みを、教える側の個人技に依存させる構造そのものが、時代に合わなくなっています。半世紀以上にわたる学習科学の研究は、再現可能な育成には、別の設計が必要であることをすでに明らかにしています。

第9回の今回は、属人的なOJTから、構造化された育成への移行の話をします。

OJTという言葉の本来の意味

そもそも、OJTという言葉は、日本で運用されている形と、本来の意味が大きく異なります。

OJTは、第二次世界大戦中のアメリカで体系化された訓練手法です。戦時下で大量の未熟練労働者を、軍需工場の現場で短期間に戦力化する必要があったため、構造化された訓練プログラムとして整備されました。

そこには、明確な四段階の手順がありました。第一段階で、訓練者に作業の重要性と全体像を説明する。第二段階で、訓練担当者が実演しながら手順とポイントを言語化する。第三段階で、訓練者に実演させ、誤りをその場で修正する。第四段階で、独力で作業させ、定期的に進捗を確認する。

各段階で、何を教え、どこまで達成したらどの基準で次に進むかが、文書として規定されていました。教える側の感覚や経験に依存しない、再現可能な訓練体系です。

日本の中小企業で運用されているOJTの多くは、この原型からは大きく離れています。実態としては「現場に放り込んで、見て覚えろ」型に近く、構造化された訓練というよりは、経験を時間とともに積ませる仕組みになっています。

これを批判したいわけではありません。十分な時間と熟練社員がいる環境では、この方法でも人は育ちました。しかし、時間も人も不足する現在の中小企業の環境では、構造を欠いた育成は、機能しなくなりつつあります。

属人的育成が抱える三つの欠陥

教える側の個人技に依存する育成には、三つの構造的欠陥があります。

一つ目は、教える内容のばらつきです。

同じ業務を、Aさんが教えるときとBさんが教えるときで、強調する点も、手順も、避けるべき注意点も、微妙に異なります。教わる側は、誰について学ぶかで身につくものが変わります。Aさんに育てられた社員とBさんに育てられた社員が並んだとき、業務の進め方が違うことに、本人たちが気づかないまま運用されます。

組織として一貫した業務品質を保つことが、構造的に難しくなります。

二つ目は、教わる順序の欠落です。

業務には、習得するべき順序があります。基礎的な作業を身につけてから応用に進む、簡単な判断から始めて複雑な判断に進む、というように、学習には適切なシーケンスが存在します。

しかし、現場任せのOJTでは、教わる順序は偶然に支配されます。その日たまたま発生した業務が、教える内容になる。簡単な仕事の前に難しい仕事を任されることもあれば、応用的な業務の前提となる基礎を、いつまでも経験しないこともある。育成のスピードが遅くなり、抜け落ちる領域が生まれます。

三つ目は、育成結果の検証不能性です。

教えた側が「もう一人前だ」と判断したときに、その判断の根拠が言語化されていません。何ができるようになったのか、何がまだできないのかが、教えた側の感覚として存在するだけで、他の誰も検証できない。本人が異動や退職をすれば、「あの社員は何ができたのか」という記録自体が組織から消えます。

組織として、人材の育成状況を把握できません。

これら三つの欠陥は、教える側の能力や善意の問題ではありません。育成という営みを構造化せず、個人の技に委ねる設計そのものから、必然的に生まれます。

認知的徒弟制 — 専門家の頭の中を、見える形にする

学習科学の領域で、この問題に対する明確な解答が提示されたのは、1989年のことです。

教育研究者のアラン・コリンズ、ジョン・シーリー・ブラウン、スーザン・ニューマンは、「認知的徒弟制(Cognitive Apprenticeship)」という育成モデルを発表しました。中世のヨーロッパで職人が弟子を育てた徒弟制の構造を、現代の知識労働の育成に応用したものです。

彼らの中心的な主張は、こうです。専門家が業務を遂行するとき、頭の中では複雑な判断と思考が動いています。しかし、その思考の大半は無意識化されており、本人も意識せずに処理しています。これを暗黙知のまま放置すると、徒弟は専門家の動きを表面的に模倣するだけで、判断の根拠を学べません。

育成の本質は、専門家の頭の中で起きていることを、外から見える形に翻訳することです。

認知的徒弟制は、この翻訳を四段階に分けて設計します。

第一段階は、モデリングです。専門家が業務を実演しながら、頭の中で考えていることを言葉に出します。「いま、この資料を見て、最初に注目したのはここ。なぜなら、過去にここで問題が起きたことがあるから。次に確認するのは、こちらの数字」というように、思考プロセスを音声化する。

第二段階は、コーチングです。徒弟に業務を実行させ、専門家が横で観察し、躓いた箇所で介入する。介入は、答えを与えるのではなく、徒弟の思考を補助する形で行います。「いま、何を考えている」「次にどう判断する」と問いかけることで、徒弟の思考プロセスを表に引き出します。

第三段階は、スキャフォールディング(足場かけ)です。徒弟が一人で取り組めるよう、業務の難易度を段階的に下げた状態で経験させます。最初は判断箇所を最小限にし、基礎が身につくにつれて判断を増やしていく。

第四段階は、フェーディング(足場外し)です。徒弟が習熟するにつれ、専門家の介入と補助を徐々に減らし、最終的に独力で業務を完遂できる状態に到達させる。

この四段階を通じて、専門家の頭の中にあった暗黙知が、徒弟の中に同じ構造として再構築されます。専門家の感覚を見て盗む、ではなく、専門家の思考を言語化して移植する、という設計です。

意図的練習 — 経験は、自動的には熟達に変わらない

もう一つ、育成設計の根拠として欠かせない研究があります。

スウェーデン出身の心理学者アンダース・エリクソンは、1993年に「意図的練習(Deliberate Practice)」という概念を提示しました。エリクソンらの一連の研究は、チェスのグランドマスター、音楽家、スポーツ選手、医師など、多様な領域の専門家を対象に、何が熟達を生むのかを実証的に分析したものです。

彼らの発見は、直感に反するものでした。

漫然とした経験を積み重ねても、人は熟達しない。仕事を10年続けても、その間に明確な学習構造がなければ、能力は数年の地点で停滞する。多くの中堅社員が、勤続年数の割に成長が止まっているように見えるのは、本人の能力の限界ではなく、経験の構造の問題です。

熟達を生むのは、意図的練習です。意図的練習には、四つの条件があります。

明確な目標があること。練習者が、いま何を伸ばそうとしているかを認識している状態。

即時のフィードバックがあること。やったことの結果が、すぐに分かる。何が正しく、何が誤っていたかが、即座に明らかになる。

難易度が適切に調整されていること。簡単すぎず、難しすぎず、現在の能力からわずかに上の課題に取り組んでいる。

集中して取り組むこと。漫然と作業をするのではなく、その瞬間の改善に意識を集中させている。

この四条件が揃った練習を継続することで、人は熟達していきます。条件が一つでも欠ければ、時間をかけても能力は伸びません。

中小企業の育成現場を、この四条件で点検すると、多くの場合、すべての条件が満たされていないことに気づきます。何を伸ばすかが曖昧で、フィードバックは年に数回で、難易度は調整されず、本人は目の前の仕事を捌くのに精一杯。これでは、勤続年数だけが増えていきます。

育成の質を高めるとは、社員に意図的練習の条件を提供することです。何を伸ばすかを明確にし、行動の結果を素早くフィードバックし、難易度を段階的に上げ、集中できる環境を整える。これらを組織の仕組みとして組み込むことが、育成設計の中身です。

育成の問題は、業務の構造化の問題でもある

ここまでの議論は、「育成方法をどう設計するか」という話でした。しかし、育成設計には、もう一段深い前提があります。

教える内容そのものが、構造化されていなければ、育成方法をいくら整えても効果は限定的です。

業務の手順が言語化されていなければ、専門家がモデリングで言語化しようとしても、十分に分解できません。判断基準が言語化されていなければ、徒弟がコーチングで「何を考えている」と問われても、目指すべき思考の形が分かりません。

育成を構造化することと、業務を構造化することは、本来は同時に進むべき作業です。

業務手順、判断基準、優先順位、トラブル対応の型——これらが組織の中で文書化されていれば、育成は格段にやりやすくなります。教える側は、文書を指差しながら専門家の判断を言語化できる。教わる側は、文書を参照しながら自分の理解度を点検できる。文書は、教える人が変わっても、教わる人が増えても、同じ基準を保ち続けます。

この発想は、組織を一つの仕組みとして設計する考え方に、自然と接続します。業務の手順、判断の基準、行動の型を、属人的な感覚から組織の構造へと移し替える。育成は、その構造化された土台の上に成立します。

この設計が完成すると、育成は「育成上手な先輩」を探す営みから、「育成可能な構造」を持つ組織を作る営みへと、性質を変えます。

「教えられる人」を探さない、という発想

ここまでの話は、一つの転換を含んでいます。

属人的なOJTを前提とする組織は、「育成できる人材」を探します。教えるのが上手な先輩、面倒見のいい中堅社員、人を育てる感覚を持った管理職。こうした人材を確保することが、育成の質を担保するための条件だと考えられています。

しかし、育成を構造として設計する組織は、別の発想を取ります。「育成できる人材」ではなく、「育成可能な仕組み」を整えることに、リソースを投入します。

業務手順を文書化する。判断基準を言語化する。意図的練習の四条件を、業務の中に組み込む。これらの構造が整っていれば、教える側に特別な才能は要りません。標準化された手順に沿って、思考プロセスを言葉にする。徒弟の思考を引き出す問いかけをする。これらは、技術として誰でも習得できます。

「育成上手な先輩がいる」という状態は、組織の脆弱性を示しています。その先輩が辞めれば、組織の育成機能は失われます。その先輩が育成に関わらない社員は、育ちません。

「育成可能な仕組みが整っている」という状態は、組織の頑健性を示しています。仕組みは、特定の個人に依存しません。教える側が誰であっても、教わる側が誰であっても、一定水準の育成が再現されます。

人材育成は、教える側のセンスやモチベーションに依存させる領域ではありません。組織として、再現可能な構造を持つ領域です。

連載で扱っていくこと

第9回の今回は、属人的なOJTから構造化された育成への移行を扱いました。

「先輩について覚えろ」型のOJTは時間と熟練社員に余裕があった時代の遺産であり、現在の中小企業の環境では機能しにくくなっていること。属人的育成は、教える内容のばらつき、教わる順序の欠落、育成結果の検証不能性という三つの構造的欠陥を抱えていること。コリンズらの認知的徒弟制が、専門家の思考プロセスを言語化して徒弟に移植する四段階(モデリング・コーチング・スキャフォールディング・フェーディング)を示していること。エリクソンの意図的練習研究が、漫然とした経験では熟達は生まれず、明確な目標・即時のフィードバック・適切な難易度・集中の四条件が必要であることを示していること。育成の構造化は、業務そのものの構造化と一体で進むべきものであること。そして、組織が探すべきは「育成できる人材」ではなく、「育成可能な仕組み」であること。

これらは、育成を個人の技から組織の構造へと移し替えるための、設計の基礎です。

次回(第10回)は、引き続き組織の構造設計に関わる別の論点を扱う予定です。

人事は、感情ではなく、科学です。

私自身、属人的な育成を構造化された仕組みへと組み直す設計の最適化に日々向き合っており、思考は今も更新され続けています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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