社長がいないと、判断が止まる組織 — 属人的指示から構造的判断基準への移行|未来の為の人事制度|山田社会保険労務士事務所
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コラム 未来の為の人事制度

第6回

社長がいないと、判断が止まる組織 — 属人的指示から構造的判断基準への移行

社長が出張で三日間、会社を離れる。

戻ってきて最初に開くメールやチャットには、決まって同じ種類のメッセージが並んでいます。

「これ、どう対応しましょうか」「お客様からこういう依頼が来ました。受けてよいでしょうか」「先方の値引き要請、判断をお願いします」「この案件、進めて大丈夫ですか」

社員はみな真面目で、勝手に動いてトラブルを起こさないよう、社長の判断を仰いでくれています。問題は、その真面目さが、組織の動きを社長一人の処理速度に縛り付けているという点にあります。

社長が現場にいる間は、判断は速いのです。社員が聞きに来る、社長が即答する、現場が動く。このループが回っている限り、組織は機能しているように見えます。

しかし、社長が一日不在になると、このループは止まります。三日不在になれば、滞留する判断の山ができます。一週間不在を覚悟しなければならない局面、たとえば入院や事故が起きれば、組織は静止します。

これは社員の能力の問題ではありません。組織が、判断という機能を社長一人に集中させる構造になっているという、設計の問題です。

第6回の今回は、この構造の正体と、これを解体する設計の話をします。

暗黙知としての判断基準

なぜ社員は、こんな判断まで社長に確認するのか。

答えは単純で、判断の基準が、社員には見えないからです。

社長は、長年経営をしてきた人です。同じような場面に何度も遭遇し、何を優先し、何を切り捨て、何を将来のリスクとして織り込むかを、すでに体得しています。値引き要請への対応も、新規取引先の与信判断も、社員の処遇の決定も、社長の頭の中では一定の基準で処理されています。

しかし、その基準は、社長自身もうまく言語化できないことが多いのです。

哲学者マイケル・ポランニーは、1966年の著作で「暗黙知」という概念を提示しました。私たちが知っていることは、言葉にできることよりも、はるかに多い。自転車の乗り方を文章で完全に記述することは難しいが、乗れる人は乗れる。長年の経験で身につけた判断も、これと同じ性質を持っています。

経営者の判断基準の大半は、暗黙知です。

社員が「どうしましょうか」と聞いてきたとき、社長は迷わず答えます。なぜその答えになるのかを、その場でうまく説明できないこともあります。「いや、これはこういうものだから」「過去にこういうことがあったから」と断片的に語ることはできても、全体の論理を再現することはできない。

この状態のままでは、判断は社長から社員に移転しません。社員はマニュアル化されていない基準を盗み見ようとし、社長は察してくれない社員に苛立つ。両者が真面目に振る舞っているのに、組織は属人化したままです。

「指示」と「基準」の違い

ここで一度、概念を整理します。

組織の中で社長から社員に伝えられているものは、ほとんどの場合、指示です。

「あのお客様には、来週までに連絡しておいて」「この件は、値引き5%までなら受けていい」「このトラブルは、私が直接対応するから手を出さないで」

これらはすべて指示です。一回性の事象に対する、一回性の判断結果です。社員はその指示通りに動けば、その案件は処理できます。

しかし、似た事象が次に起きたとき、社員は再び社長に確認します。なぜなら、伝えられたのは「この案件をどう処理するか」であって、「どういう案件をどう判断するか」ではなかったからです。

指示は事象ごとに発行され、消費されます。蓄積しません。

判断基準は、これと根本的に異なります。基準とは、複数の事象に対して同じように適用できる構造のことです。

「値引き要請は、年間取引額が500万円以上の顧客で、競合他社の見積りが提示された場合に限り、5%まで応じる。それ以外は応じない」

これは指示ではなく、基準です。一度言語化されれば、社員は次に同じ局面に遭遇したときに、自分で判断できます。社長に確認する必要はなく、確認されないことに社長が苛立つ理由もなくなります。

組織判断の分散とは、指示の量を増やすことではなく、基準の数を増やすことです。

限定合理性という前提

この考え方の科学的根拠は、ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの研究にあります。

サイモンは1947年の著作『経営行動』で、人間の意思決定には根本的な制約があると論じました。人間は、すべての選択肢を比較し、最適な解を選ぶような完全な合理性を持っていません。情報処理能力にも、時間にも、注意力にも限界があります。彼はこれを「限定合理性」と呼びました。

限定合理性の世界では、人は最適解を求めません。代わりに「十分に良い解」を求めます。そして、何をもって「十分に良い」と判断するかは、その人が事前に持っている前提によって決まります。

サイモンはこの前提を「意思決定前提」と呼び、組織における判断の質は、組織のメンバーがどのような意思決定前提を共有しているかによって決まると論じました。

つまり、こういうことです。社員に判断を任せたいなら、社員に「考える力」を求めるのではなく、「同じ意思決定前提」を提供するのが正しい設計です。

優秀な社員を集めれば組織判断は分散する、というのは間違いです。優秀な社員でも、意思決定前提が共有されていなければ、社長と異なる判断に到達します。逆に、平均的な社員でも、明確な意思決定前提が共有されていれば、社長と同じ判断に到達できます。

組織を動かすのは、個人の能力ではなく、共有された前提の質です。

優先順位の言語化が、判断を可能にする

意思決定前提のうち、最も実用的なものは、優先順位です。

あらゆる判断は、突き詰めれば優先順位の比較です。

短期の利益と長期の信頼が衝突したとき、どちらを優先するか。顧客満足と社員の労働時間が衝突したとき、どちらを優先するか。既存顧客の満足度と新規顧客の獲得が衝突したとき、どちらを優先するか。

経営者の頭の中には、こうした優先順位の体系が、暗黙のうちに存在しています。値引き要請に応じるか応じないかという判断も、突き詰めれば「目先の売上」と「価格の維持」のどちらを優先するか、という比較です。

この優先順位を、言語化された序列として組織に提示する。これが、判断を組織に分散させる最初の一歩です。

優先順位が言語化されると、社員は迷わなくなります。「この案件で、目先の売上を取るべきか、価格の維持を取るべきか」と悩む必要はなく、「我が社では価格の維持が上位だから、値引きは受けない」と即座に判断できます。

判断の速度は、知能の問題ではありません。基準の有無の問題です。

実行意図 — 「もしXなら、Yをする」

優先順位の言語化と並んで、もう一つ重要な設計があります。

心理学者ピーター・ゴルウィッツァーは、1999年の研究で「実行意図」という概念を提示しました。実行意図とは、「もし状況Xが発生したら、行動Yをする」という形式で、事前に行動を決めておく心理的な構えのことです。

ゴルウィッツァーらの一連の実験は、目標を持つだけの人と、目標に加えて実行意図を持つ人を比較し、後者の達成率が一貫して高いことを示しました。意思の強さの問題ではなく、判断の自動化が成功率を変えるという発見です。

これを組織に応用すると、こうなります。

「クレームが入ったら、必ず48時間以内に一次回答を返す」「在庫が3個を切ったら、自動的に発注をかける」「顧客から契約解除の打診が入ったら、その日のうちに上席者へエスカレーションする」

これらは、実行意図の組織的バージョンです。状況Xを定義し、それに対応する行動Yを事前に決めておく。社員は状況Xに遭遇したとき、判断を経由せずに行動Yに入れます。

「考えてから動く」のではなく「条件が満たされたから動く」。この設計は、判断の遅延と迷いを構造的に消去します。組織の動きは速くなり、ばらつきは減り、社長の確認待ちで止まる時間は消えていきます。

「任せる」ではなく「基準を共有する」

ここまでの話を整理すると、判断の組織分散とは、権限委譲のことではないと分かります。

権限委譲という言葉には、社長の持っていた決定権を社員に渡す、というニュアンスがあります。しかし、決定権を渡しても、決定の根拠となる基準が共有されていなければ、社員は別の判断に到達します。社長は委譲したことを後悔し、再び決定権を取り戻す。これが多くの中小企業で繰り返される失敗の構造です。

判断の組織分散の本質は、決定権の移転ではなく、意思決定前提の共有です。

優先順位を言語化し、実行意図を組織化し、判断基準を文書として明示する。社員はその基準に従って判断する。判断の結果が社長の判断と一致するのは、社員が優秀だからではなく、両者が同じ基準を見ているからです。

この設計が完成すると、社長が出張で不在の間も、組織は止まりません。社員は確認を待たずに動きます。社長は戻ってきても、判断待ちのメッセージの山に向き合う必要がない。組織が、社長の処理速度から解放されています。

これは、社長が組織から手を引くという話ではありません。むしろ逆で、社長が判断という事象処理から離れ、判断基準そのものの設計と更新に集中できるようになる、という話です。

経営者の仕事は、案件を一つずつ捌くことではなく、案件の捌かれ方そのものを設計することです。判断の組織分散が完成して初めて、経営者は経営者本来の仕事に戻れます。

連載で扱っていくこと

第6回の今回は、判断の組織分散を扱いました。

社員が社長に判断を仰ぎ続ける構造は、社員の能力の問題ではなく組織設計の問題であること。経営者の判断基準の大半が暗黙知のまま放置されていること。指示と基準は根本的に異なる性質を持つこと。サイモンの限定合理性は、組織判断の質が個人の能力ではなく共有された意思決定前提によって決まることを示していること。優先順位の言語化と実行意図の組織化が、判断を組織に分散させる二つの実装手段であること。そして、判断の組織分散の本質は権限委譲ではなく、意思決定前提の共有であること。

これらは、社長一人の処理速度に縛られない組織を作るための、判断設計の基礎です。

次回(第7回)は、組織の中で起きるミスとトラブルを扱います。ミスを個人の不注意に帰着させる組織と、ミスを構造の問題として解決する組織は、何が違うのか。航空業界や医療現場で発展してきた高信頼性組織の設計思想を、中小企業の現場にどう翻訳するかを解き明かします。

人事は、感情ではなく、科学です。

私自身、判断の言語化と組織への実装の最適化に日々向き合っており、思考は今も更新され続けています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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