「年功序列を、もう続けられない」
中小企業の経営者から、近年よく聞く言葉です。
長年勤めてきた古参社員の給与が、若手社員より高い。仕事の中身は若手の方が稼いでいる。それでも、長く居る人が報われる仕組みが続いている。経営者は心の中で「これはおかしい」と思いながら、変える勇気を持てずにいる。
年齢や勤続年数で給与を決める仕組みは、戦後の日本企業を支えた基幹システムでした。終身雇用を前提に、若い時期は安く働き、年齢とともに上がっていく給与カーブが、生涯収入の帳尻を合わせる。社員は安心して長く勤め、経営者は若手を安価に確保できる。両者にとって合理的な設計でした。
しかし、この仕組みは、もう機能しなくなっています。
理由は単純です。社員が、辞めるからです。
生涯一つの会社で勤め上げる前提が崩れた瞬間、若い時期に安く働いた分を年齢を重ねてから取り返す、という暗黙の契約が成立しなくなりました。若手は「この会社にいても割に合わない」と気付き、流動性の高い市場へ抜けていく。残るのは、転職市場で自分の価値を試せない層です。会社にとっては、若手が抜け、古参が残る。年功序列の継続は、組織の質を確実に下げていきます。
では、何で評価すればよいのか。
これが、今回の問いです。
「公平」とは何か — 比較の科学から始める
評価制度を考える前に、一つ押さえておきたい概念があります。公平感です。
経営者の多くが、評価について悩むとき、こう考えます。「絶対的に正しい評価基準とは何か」と。
これは、間違ってはいません。しかし、社員の納得感は、絶対的な基準だけからは生まれません。
社会心理学者のジョン・ステイシー・アダムスが1965年に発表した「衡平理論(エクイティ理論)」という研究があります。アダムスは、人が自分の処遇に納得するか不満を抱くかは、絶対的な金額や評価ではなく、比較によって決まることを示しました。
社員は、自分が会社に投入したもの(時間・努力・スキル)と、自分が会社から受け取るもの(給与・地位・承認)の比率を計算します。その比率を、他の社員の比率と比較します。比率が同じなら納得する。比率が低い、つまり「自分の方が損している」と感じれば、不満が生まれる。
ここで重要なのは、社員が比較するのは金額そのものではないという点です。
例えば、Aさんの給料が30万円で、Bさんの給料が25万円だとします。これだけを見ると、Aさんが優遇されているように見える。しかし、Aさんが10年勤めていてBさんが2年勤めているなら、社員はそれを当然と受け取ります。比率としては合っている、と感じるからです。
逆に、AさんとBさんが同期入社で同じ仕事をしているのに、Aさんの方が給料が高ければ、Bさんは強い不満を抱きます。比率が崩れているからです。
つまり、公平感は、比較の構造から生まれているのです。
経営者が陥る3つの罠
ここで、年功序列が崩れた今、経営者が評価設計で陥りやすい3つの罠を整理します。
罠1:感覚評価
「あの社員はよくやっている」「あの社員は最近たるんでいる」という、経営者の主観的な印象だけで処遇を決めるパターンです。経営者から見れば、それは長年の経営感覚に基づいた判断です。社員から見れば、評価の根拠がブラックボックスです。
社員は、なぜ自分の評価がそうなったのかを言語化されないまま、結果だけを受け取ります。次にどう動けば評価が上がるのかも分からない。これは、エクイティ理論が示す「比較できない状態」です。比較できないから、納得もできない。
罠2:愛社精神評価
「あの社員は会社のために尽くしている」「あの社員は経営者の意向をよく汲む」という、忠誠心や態度を評価するパターンです。
これも、経営者にとっては自然な感覚です。経営者は、自分の意図を理解してくれる社員に好感を抱きます。しかし、これを評価に直結させると、組織の利益貢献度と評価が乖離します。声を上げない社員、しかし利益を生む社員が、低く評価されるからです。
ピーター・ドラッカーが繰り返し書いているように、評価は「人格」ではなく「成果」に向けるべきです。愛社精神評価は、年功序列の代替として一見もっともらしく機能しますが、組織の質を下げます。利益を生まない忠臣が残り、利益を生む実務家が抜けていく構造を作るからです。
罠3:声の大きさ評価
「あの社員は積極的に発言する」「あの社員はいつも黙っている」という、表現力や自己主張の強さで評価するパターンです。
これは、特に評価面談の場で起きます。自分の成果をうまく語れる社員が高く評価され、淡々と仕事をこなす社員が低く評価される。経営者は、社員の言葉を信じるしかない場面で、語る力の差を能力の差と誤認します。
実際には、語る力と仕事の力は別の能力です。寡黙な熟練者と、雄弁な未熟者を、同じ評価フォーマットで比較すると、前者が損をします。
評価軸を二層に分解する
では、これらの罠を避けて、何を評価すればよいのか。
現代の組織心理学・経営学が一致して示している答えは、評価軸を二層に分解することです。
第一層は「何を成し遂げたか」です。これは成果、または結果と呼ばれます。売上高、利益、顧客獲得数、不良品率、納期遵守率、改善提案数など、数値で測れるものを指します。
第二層は「どう動いたか」です。これは行動、またはコンピテンシーと呼ばれます。仕事の進め方、判断の仕方、他者との連携の仕方、問題への対処の仕方など、行動として観察できるものを指します。
この二層分解は、ハーバード大学の心理学者デイビッド・マクレランドが1973年に発表した研究に源流があります。マクレランドは、知能テストや学歴では仕事の成果を予測できないこと、しかし「優秀な業績を上げる人に共通する行動特性」は観察・測定可能であることを示しました。これがコンピテンシーモデルの理論的基礎です。
なぜ二層に分解する必要があるのか。
成果だけで評価すると、運や環境の影響を受けすぎます。同じ努力をしても、市場が好調な部署と低調な部署で結果が変わる。同じ判断をしても、上司の支援がある社員とない社員で成果が変わる。成果は、本人の力以外の要素を多く含みます。
行動だけで評価すると、結果責任が曖昧になります。一生懸命やっているのに成果が出ない社員と、淡々と動いて成果を出す社員が、同じ評価になる。これは経営の論理に反します。
両方を評価することで、初めて公平な比較が成立します。「何を成し遂げたか」と「どう動いたか」の両軸で見れば、運の差を切り分けられ、態度の差も切り分けられるのです。
公平を「設計」する
ここまで来て、ようやく具体的な評価設計の話に入れます。
社員ごとに、二層の評価項目を設定します。
成果側には、その社員の役割が会社の利益にどう貢献するかを示す指標を置きます。営業職なら売上高や成約率、製造職なら生産性や不良率、事務職なら処理件数や精度、開発職なら案件完了数や顧客満足度などです。
行動側には、その役割を遂行する上で求められる動き方を置きます。「優先順位の高いタスクから着手しているか」「報告・連絡・相談を遅滞なく行っているか」「他部門との連携で生産性を下げていないか」「改善提案を継続しているか」などです。
ここで重要なのは、評価項目を事前に明示することです。
評価の時期になってから「実はこれも見ていた」と後出しすると、社員は守備範囲を予測できません。事前に「これとこれが評価される」と明示されていれば、社員は自分の行動を、その項目に合わせて設計できます。エクイティ理論で言えば、投入と報酬の比率を、社員自身が計算可能な状態にする、ということです。
そして、評価結果が出たら、項目ごとに点数を社員に開示する。
「総合的に頑張ってもらった」という曖昧な伝え方ではなく、「成果項目のここは満点、行動項目のここが弱かった」と、項目ごとに数値で示す。社員は、自分のどの行動がどう評価されたかを、具体的に理解できます。
これが、感覚評価・愛社精神評価・声の大きさ評価の3つの罠を、構造的に塞ぐ設計です。
「結果に同意する」と「過程を理解する」は違う
ここで、よく混同される論点を整理しておきます。
社員が納得する評価とは、評価結果に社員が同意する評価のことではありません。
評価結果に同意するかどうかは、社員の側の問題です。低い評価を受けた社員は、心の中で「自分はもっと頑張った」と思うかもしれません。それは、当然のことです。
社員が納得する評価とは、評価の過程を社員が理解できる評価のことです。
なぜこの結果になったのか、何を見られたのか、次に何を変えれば結果が変わるのか。これらが言語化されている評価は、たとえ低い結果であっても、社員は受け入れることができます。逆に、過程がブラックボックスの評価は、たとえ高い結果であっても、社員は不安を抱えます。「次もこの評価が続くかどうか分からない」と感じるからです。
経営者が目指すべきは、社員全員が高評価に同意する状態ではありません。社員全員が、評価の過程を理解している状態です。これが、年齢・勤続年数に頼らず公平を設計するための、最終的な到達点です。
連載で扱っていくこと
第4回の今回は、年功序列なき時代に評価軸をどう設計するかを扱いました。
公平感は絶対値ではなく比較から生まれること。経営者が陥る3つの罠を構造的に塞ぐには、評価軸を「成果」と「行動」の二層に分解し、項目を事前に明示し、結果を項目ごとに開示することが必要であること。社員が納得する評価とは、結果への同意ではなく過程の理解であること。
これらは、年齢や勤続年数に頼らない、現代的な評価設計の基礎です。
次回(第5回)は、評価と報酬をどう連動させるかを扱います。評価を点数化したとして、それを給与や賞与にどう反映させるのか。一律の昇給ではなく、評価結果が報酬に直結する仕組みは、どう設計すれば公平になり、どう設計すれば組織を強くするのか。報酬制度の科学を、感情ではなく構造の視点から解き明かします。
人事は、感情ではなく、科学です。
私自身、評価設計と報酬連動の最適化に日々向き合っており、思考は今も更新され続けています。引き続きお付き合いいただければ幸いです。